詐欺被害に遭いました!
ネットショップで購入した商品がいつまで待っても届かず、料金だけ口座から引き落とされ
後日サイトが消えていました!
普段はネットショッピングはほとんど利用しません。
近所の店舗では手に入らないどうしても必要なものがあり、いろいろなサイトを比較して
購入手続きをして商品を待っていました。今思えば一つだけ怪しいと感じたのは、注文後に発送しましたの連絡もなく大まかな配達予定日(例、1月3日〜23日)だけ記載されていたこと。普通は番号で追跡調査できるのではないのでしょうか。注文前は特に怪しい点は無く全く気づかず。
配達予定日を過ぎても届かなかったので問い合わせ先にメールを送ると存在していないメールアドレスでした。そしてその2日後、そのショップのサイト自体が消えて見れなくなっていました。
そのショップ名、詐欺
というキーワードで調べたら
何と!何百人もの人が
詐欺に遭った、騙された
とコメントしていて、私もショックで全身の力が抜けてしまいました。
幸い大きな金額では無かったので痛い勉強代だったと思って諦めますが
一応警察に行き被害届を出してきました。
警察も事情を聞いて形式的には書類も作ってくれましたが
相手を特定して金額が戻ってくることは不可能に近い と言われました。
本当に悔しいですが今後詐欺に遭わないようにネットでの買い物は控えるか
お店の連絡先、住所などを確認して信用できる店なのかのチェックは必要ですね。
娘のパスポート更新手続き トラブル付き
↑参照 でジョーカーとのいざこざで娘のパスポートが更新できずにいましたが先日無事に更新手続きを行ってきました。
ジョーカーと直接対話が出来ないので弁護士さんにもお願いしていましたが音信不通。
ドイツ領事館のGさんがジョーカーと私の橋渡し役となって下さり先日無事に更新手続きが出来ました。私はかなり妥協し条件を受け入れました。
1、娘の苗字をジョーカーの苗字に変更すること。(ドイツパスポートのみ)
2、ジョーカーがパスポート、私がアイデンティティカードを保持すること。
(本当は私はパスポートを保持したかった。)
とにかく今後娘と日本に一時帰国することが出来ればそれで良いので事前にフランクフルトのパスポートコントロールに電話して確認しました。すると、娘は日本のパスポートとドイツのアイデンティティカード(パスポートじゃなくても良い)をEU出入国の際に提示できれば問題無いということだったのでアイデンティティカードを受け入れることにしました。
さてドイツ領事館でのアポ当日。娘、ジョーカー、私の3人が同席してサインしなければならなかったのですが当日は娘はジョーカーと過ごす日だったので2人は車で、私は電車で別々に向かい現地集合。離婚騒動から2年半経ってもお互い一言も口を聞かない状態です。準備してきた書類も受理され、3人のサインも書き終えて滞りなく済むはずでしたが最後に用意してきた娘の写真が規定を満たしておらず撮り直しになりました。しかも写真提出だけのためにまたアポを取りクリスマス前に娘とジョーカーが出向くことになりました。車で片道で2時間以上もかかる場所です、、、でもその他の手続きは終わって安堵し領事館を出てから私は徒歩で駅まで向かっていました。途中で何か嫌な予感がしたのでメールを確認したらジョーカーから
車が動かなくなり領事館付近の交差点で立ち往生している。日付が変わる前に自宅に戻れるかわからないので娘を迎えにきて一緒に電車で帰ってくれ
私たちは連絡は娘のことで最低限しかしません。メールのみ。以前緊急の用でこちらから電話しても出ませんでした。今回もし私がメールを確認していなければ気づかずにそのまま一人電車で帰っていたでしょう。大事なことなら素直に電話してくれば済むことなのに!ジョーカーに怒りながら私はまた30分かけて来た道を引き返し無事に娘を連れて電車で帰ることができました。娘はパパの車に乗りたく無い、怖いと泣いていました。
ジョーカーはかなり古い車に乗っており、今まで何回も高速道路上で動かなくなったり、レッカー車を呼んだりしています。安全性に欠けている車に娘を乗せていることにいつもヒヤヒヤしています。
心底嫌いになって別れて関わりたくないのに娘のことで連絡を取らざるを得ずそのたびにイライラ。これは娘が成人するまで続くのでしょうか。
お金の貸し借りはNG
娘の同級生の保護者で学校への送り迎えの際によく話しかけてくる人がいます。
9月新学期が始まってから新しく知り合った人です。
こちらからは何も言っていないのになぜか私がシングルマザーということを知っていました。
そして不躾に私の仕事や住居、新しい恋人はいるのかなどプライベートについてズカズカと質問してきました。
実は彼女もシングルマザーで近々引越しをするけど生活用品が足りないと言っていたので
うちで使っていない食器がガレージで眠っていたので提供しました。
それ以来、用事もないのに頻繁に電話がかかってくるようになり何か胸騒ぎを感じていました。
すると今日また電話がかかってきて言われたことが
12月まで生活費が足りないから100ユーロ貸してくれない?
お互いのこともよく知らないのに、信頼関係も成り立っていないのに突然
お金貸してとは、、、、
人それぞれお金に対する価値観は様々だと思いますが私の中では
お金の切れ目は縁の切れ目
どんなに親しい友人間でもお金の貸し借りはしたことはありません。
こちらから頼んだことも無いですし、もしどうしても貸すことになれば もう戻って来ないつもりで貸すことになると思います。
お金は人の縁を切るほどの恐ろしい魔力があるもの。
彼女は離婚したばかりで本当に困っているのかもしれません。
私も2年前は精神的にも経済的にも大変辛かったです。
食料品の生活保護は受けていたけれどどんなに経済的にきつくても切り詰めて切り詰めて
その時の身の丈に合った生活をしていました。娘の服や靴は全てお下がりで、自分の服は一切購入せず。
物欲さえ我慢すれば食料品の生活保護で何とか生活出来ていました。
どんなにきつくても誰かにお金を貸してと頼んだことはありませんでした。
食事を作って提供することや何か生活必需品を提供することで彼女をサポート出来るかもしれませんがお金は無理です。
もちろん自分の正直な気持ちを伝えてお断りしました。
娘のパスポートが更新できない
今度は娘のパスポート更新の件でジョーカーと紛争中です。
娘は日本国籍とドイツ国籍を持っています。
フランス(EU)ではドイツパスポートが娘の唯一の公式な身分証明書です。
私は 日本パスポート+フランス滞在許可証 のセットが公式な身分証になりますが
娘はドイツパスポートがあるので特にフランス滞在許可証は必要ありません。
しかし
娘のドイツパスポートが一年前から有効期限が切れているので私はフランスのドイツ領事館とコンタクトを取り一年半前から更新の準備を始めていました。
そこである事実が判明します。
7年前にジョーカーが娘の出生届をドイツ側に出したときにNamensführungという書類を提出し忘れていたために娘の苗字を変更しなければならなくなったのです。
フランスで生まれた娘の出生届はフランス側にもドイツ側にも 父親姓+母親姓 で届け出をしています。例えば Müller-Yamada
日本側の戸籍とパスポートは 私の日本姓だけです。例えば Yamada
私は結婚時に夫婦別姓を選びYamada(仮)のままなので娘の日本の戸籍も自動的に私の日本姓になりました。
そこで今頃になって ドイツ領事館から娘のドイツ側の苗字を父親か母親どちらの苗字を選択するように。そして選択したら速やかに日本側もフランス側の苗字も統一するように。と言われました。
ジョーカーも私も自分の苗字を娘に選択したいので話し合いは平行線です。
まともに話し合いできない状況なので弁護士も交えています。
私は娘のドイツパスポートのみMüller に変更するのなら受け入れることはできますが彼女の日本の戸籍もパスポートもMüller に変更するのは受け入れ難いと思いました。
日本領事館に確認したらドイツ側の苗字を変更したからといって日本側の苗字をわざわざ変更する必要はないと言うことだったので最終的には私が譲歩して父親姓を受け入れることにしました。
そして今年12月にドイツ領事館で日程が決まり娘のパスポート更新する予定でした。
ジョーカー、私、娘の三者とも同席しなければなりません。
しかしここ最近になりジョーカーが 娘のドイツパスポートが再発行されたら自分がパスポートを保管し華子には渡さないと言ったのです。
パスポートは娘の身分証なので娘が居るところにパスポートがないといけません。
ジョーカーが娘のパスポートを私に渡さなければ 私は娘を連れて日本に一時帰国も出来ません。EU国内でも例えば飛行機で移動する場合は娘のパスポートが必要です。
つまり私と娘は行動の自由がなくなるのです。
またジョーカーの嫌がらせが始まり頭を抱えています。
いろいろ考えて今できることはドイツ領事館にパスポートとIDカードの両方を申請し
双方がどちらかの身分証をそれぞれ持つことが出来れば良いのですが。
ジョーカーは私に嫌がらせしたい一心なのでしょうがそれが娘も苦しめていることに気づいて欲しいですね。
5年滞在許可証
フランスに住んで約9年経ちます。
本来ならばすでに10年滞在許可証をもらえているはずでした。
それが数回目の更新の際にちょうど離婚手続き中であることとジョーカーに移民局からの手紙を捨てられたせいで2年前の今頃は滞在許可証更新が認められず半年ほどビザ無し状態で身動きが取れずフランスに閉じ込められた状態でした。
弁護士さんの協力のおかげでそれから何とか1年ビザを発行してもらい、今年の夏更新時に5年滞在許可証を受け取ることができました。
私の場合、元配偶者はフランス人でなく、娘もフランス国籍では無いのでどうなるのか心配でしたが
移民局からの手紙になぜ今回5年滞在許可証が私に発行されるのか理由が書かれていました。
「華子はEU国籍の配偶者と別居または離婚した時点でフランス滞在許可を失うはずだが
フルタイムで正社員(CDI)契約で仕事をしているので特別に認める。5年後の更新時には再び労働契約書と給与明細、確定申告書を提出するように」
もしパートタイムで契約社員契約だとアウトだったのか疑問です。次の更新まで今の仕事を辞めないように頑張るしかありません。
離婚はまだ成立しておらず
離婚すると決意(2018年3月)
→最初の調停(2018年5月)
→ジョーカーの上告
などで約2年半経ちますがまだ離婚はまだ成立していません。その間ロックダウンで裁判所や関係機関も閉鎖されていたので仕方ないですがこれは本当に長期戦です。
今年の夏(2020年7月)にジョーカーの弁護士から21ページに及ぶ文書が送られてきました。次の離婚調停で利用される公式文書ですが、内容を読んで怒りが込み上げてきました。
私についての憶測と嘘で固められたでっち上げの内容だったのです。例えば、
華子は娘に暴力を振るっている。
華子は日本に不動産、銀行口座を複数所有し隠し財産を持っている。
華子は新車を購入した。
他にも多数の嘘が書かれていました。
しかも証拠としていくつか写真が添付されていましたが いつ隠し撮りしたのか 私の実家の市立図書館カードを銀行カードとして、友人が貸してくれていた車を私の車として写真を付けていたのでした。確認もせずお粗末な証拠で失笑しましたが
どうしても私を不利な方向に持っていきたい、一文足りとも娘に養育費を支払いたくない、そのために娘を私から引き離したいという執念が伝わってきました。
私の弁護士も呆れていました。
全て嘘の内容なので、私はその一つ一つに
それは嘘である。なぜなら、、、と解説し10ページにまとめて弁護士に提出しました。
予定通りであれば
今月半ばに 離婚調停 (離婚成立させるため)
来年1月に 離婚再審 最高裁(条件を決めるため)
が行われます。
外出禁止令中の救世主
前回の記事⬇︎の続きです
勤務先も3月半ばに閉鎖され、3月末の収入がわずかしか無く補償が振り込まれる4月下旬までの約1ヶ月間は経済的に苦しかったです。
そんな中、救世主が現れました。
女性センターの方々です。
離婚の件で2年前からずっとお世話になっています。
4月上旬にスタッフから電話があり、
「外出禁止になってから困っていることはないか。まとめて買い出しに行くので必要な食材、衛生品2週間分をリストに書き出してメールしてね。」
ということでした。
困っていることをこちらからは話していませんでしたが女性センターに相談しに来た女性一人一人を気にかけて声を掛けてくださったのだと思います。離婚の件以外でも気にかけてくださって本当に嬉しかったです。
野菜、果物、肉などを最低限必要なものをリストに書いてメールしたら返信があり
「いやいや、これだと2週間持たないわよ!遠慮せずにもっと書いて!娘さんはお菓子や文房具も必要なんじゃないの? 追加して書いてね」
と。こんなに親切すぎるボランティア団体があるのでしょうか。
そして翌日にリストに書いた品物を購入してわざわざ自宅まで届けてくださったのでした。ちょうどイースター期間でもあり娘にうさぎやたまご型のチョコレートもプレゼントで頂きました。
2週間後にまた連絡があり同じように2回目の買い出しに行ってくださいました。
本日、再度連絡があり必要なものをリストアップするようにと言われましたが給与補償が100%振り込まれ今月の経済的な心配は無くなったのでその趣旨とお礼をお伝えして援助はお断りさせていただきました。
この女性センターの方々の親切に今回も精神的にも経済的にも救われました。
この方々のおかげでフランスで頑張って生きていこうと思えるのです。
外出禁止令中の収入補償
外出禁止令が発令されてもうすぐ2ヶ月。
5月11日から段階的に緩和され学校も始まるようです。
この2ヶ月間、勤務先も閉鎖されずっと自宅にこもり娘と過ごしています。まだいつから勤務先が再開されるか目処は立っていません。休業している間の収入はどうなっているのか私の場合を紹介したいと思います。
3月は1週目は出勤できていたので1週間分の給与が3月末に会社から支払われました。残りの3週間分が80%の休業補償として国の健康保険から4月下旬に振り込まれました。若干手取りは減少したものの80%はもらえました。
4月分が今日振り込まれました。
なんと会社側が100%休業補償してくれていました。同時に上司から全体メールで『業務の開始はまだ未定ですがはっきりしたことがわかり次第連絡します。休業中の補償のことで不安に思われる方もいるかと思いますが、休業中も給与補償は100%ありますので安心してください。』という内容でした。このまま休業自宅待機が続いたら収入はどうなるのか不安でしたがこれにより安堵しました。
コロナウイルスに感染するのも怖いですが、収入が途切れたりいつ入るのかわからないことも恐怖です。
別居してから仕事が見つかるまでの約1年半無職でした。その間、生活保護やボランティア団体の援助を受けながら最低限の予算で毎月やり繰りしていたので極限生活には慣れていますが経済的に本当に苦しかったのでそれを思い返すと収入がなくなるかもしれないことは大きな不安でした。
健康で毎月収入があることは当たり前のことのようですがそれが崩れることは今のご時世容易に起こり得るので怖いですね。
更に、3週間分が振込まれる前のちょっと苦しかった4月上旬に救世主が現れたことがありました。次の記事で紹介したいと思います。
外出禁止令
世界中がコロナウィルスで大変なことになっていますが
皆さまの健康と早く収束することを祈って過ごしています。
世界の国々で次々と外出禁止発令中、フランス全土でも一週間前から外出禁止令が出され、私の住んでいる地域では二週間前から全ての学校と学童保育が閉鎖されています。
学校が閉鎖されると決まってすぐに頭をよぎったのは
「娘の預け先はどうしよう!」
学童保育も閉鎖なので困りました。と同時に学童保育からメールが来て
子供の世話のため仕事に行けず休業する場合は健康保険から給与補償があるのですぐに勤務先に連絡して話し合ってくださいとあったので
上司に連絡しその旨を伝えました。
しばらく仕事を休業せざるを得ないことに渋い顔をされましたが健康保険への書類手続きはしてもらえることになり安心して娘と一緒に自宅待機することができるようになりました。
それから一週間後、フランス全土に外出禁止令が出されたので勤務先もしばらくは閉鎖することになりスタッフはみんな休みだから安心して休んでくれと上司から電話がありました。
外出禁止令は二週間ということですが延長される可能性も大なのでマクロン大統領の次の演説を待つのみです。
天気は毎日小春日和で暖かく外に出たい気持ちでいっぱいですが我慢我慢。週に一度近くのスーパーに食品を買い出しに行く以外はずっと家にこもっています。外出の際は政府のサイトからダウンロードした外出証明書に氏名、住所、外出理由(食品買い出し・薬局か病院・犬の散歩のいずれか)を記入し署名して持参しておかないと罰金です。
スーパー内では人と1メートルの距離を保つようにと注意事項が掲示されています。商品は不足することなくいつも通りの品揃えです。
こんな大変な状況の中、感染リスクがあるにも関わらずスーパーでお仕事されている方々に感謝しながら早足で店を出ました。
普段も静かな街ですがいつも以上にがらんと人通りはなくゴーストタウンのように静まり返っています。
そんな中、娘と二人濃厚な時間を過ごしています。
午前中は宿題。学校は閉鎖されていますが郵送で宿題が送られてくるのでフランス語、ドイツ語、算数の宿題を40分ごとに20分の休憩を挟みながら終えたら日本語。昨年日本に帰省した時にうんこドリルという子供がやる気になるドリルを買っておいたのでひらがな、足し算、引き算、漢字をかなりゆっくりな進度で進めています。
今日からフランスのN H K教育みたいな番組で朝9時から学年ごとにフランス語と算数の全国放送が始まったのでそれを観るように学校から連絡があり視聴しています。それらをこなしているとあっという間にお昼になるのでランチタイム。午後は自由時間です。
今まで時間がなくて出来なかった図工を娘と楽しんでいます。
ウィンドーアートをしたり、手作り絵葉書を作ったり
0階(日本の1階)に住んでいて小さい庭があるのでてんとう虫を捕まえたり、庭でままごとしたり
YouTubeでJーポップを見て踊ったり、絵本を読んだり
仕事を始めた昨年9月から娘とゆっくり過ごす時間がなかなか取れていなかったのでこんな状況で言うのも不謹慎ですが娘と一緒に過ごせるこんなに濃厚な時間を与えてもらっていることは贅沢な時間だと感じています。
有給休暇
昨年9月からフルタイムで仕事を始め
同僚や仕事内容、新しい生活リズムにも慣れて落ち着いてきました。
12月のクリスマスの週に一週間有給休暇を取らせてもらいました。娘はクリスマスから年末年始の二週間学校が休みで学童保育も休みなので預かってもらえるところがなく上司にお願いして一週間娘と水入らずで過ごすことができました。
娘には2年前から離婚も含めて色々と我慢させてきているので
今回は母娘で楽しいクリスマスを過ごせたらいいなと思い
以前から娘の希望であったディズニーランドパリに行ってきました。プリンセスに会えて娘は大興奮!プリンセスは本当に美しかったとうっとりしていました。
またパリの大きな駅に誰でも弾いてよいピアノが置いてあり
滞在中毎朝毎晩通って娘はピアノと触れ合えたことが嬉しかったようです。
私は美味しい和食を満喫できて精神的にもかなりリラックス&充電できました。
娘には子供時代にたくさん楽しい思い出を残してあげたいです。親が離婚したことを打ち消すくらいの。
仕事を始めてから一緒に過ごす時間も以前に比べたら少なくなっているので一緒に居れる時間は笑顔で楽しく過ごしたいですね。